日本とアメリカの給料格差は本当か?エンジニアの雇用・転職意識の違いをセガ・オブ・アメリカSVPに聞いてみた

エンジニアが自身の今後のキャリアや給与アップを考える上では、国内事例だけではなく、海外の実態についてもキャッチアップすることが重要です。
例えば「海外で働くエンジニアの給与が高い」と耳にしたことがあっても、その差がどの程度なのかを知っている人は少なくないのではないでしょうか。
参考までに、日本の転職サイトdodaの調査によると、2021年の日本のエンジニアの平均年収は438万円でした。
一方で、IT技術者向け求人サイトDiceのレポート「2022 Tech Salary Report」によれば、2021年のアメリカの技術者の平均年収は、104,566$だったそうです。これは、2022年10月10日の為替レートで換算すると、およそ1522万円です。
では、日本とアメリカでなぜここまでの給与格差があるのでしょうか。また、キャリアアップや給与アップを目指すために海外で働きたいと思った場合、どんなことに意識を向けるべきなのでしょうか。
そこで、国内で光栄(現コーエーテクモゲームズ)やディー・エヌ・エーに務めたのち、2018年に渡米し、現在はセガ・オブ・アメリカのSVP(※)を務める門脇さんに、エンジニアの採用や転職意識の違いなど、6つの項目について伺いました。
※SVP:シニア・バイス・プレジデント。日本でいう執行役員のような立場
セガ・オブ・アメリカ SVP 門脇宏さん

1994年に光栄(現コーエーテクモゲームズ)に入社し、ゲームプログラマーとしてビデオゲームの開発に関わった後、2011年にディー・エヌ・エーに転職。その後サンフランシスコのngmoco(※)に出向し、2018年にアメリカのセガネットワークス(現在はセガ)にチーフディベロップメントオフィサーとして転職。現在はセガの系列会社であるセガ・オブ・アメリカでSVPとして、プロダクションや全ての開発ラインを統括する立場として働いている。
※ngmoco:2010年にディー・エヌ・エーが買収したサンフランシスコのスタートアップ
門脇さんへ6つの質問
- エンジニアの採用に関して、日本とアメリカで特に違いを感じることは?
- エンジニアの給与は、日本よりもアメリカの方が高い?
- 採用するポジションの給与はどのように決めている?
- アメリカでは、従業員の教育はしてくれない?
- アメリカと日本のエンジニア、転職への意識はどう違う?
- 海外で働きたい場合、どうしたらいい?

1. エンジニアの採用に関して、日本とアメリカで特に違いを感じることは?
日本では新卒一括採用や、中途採用の場合でも採用をした後にその人に合うポジションにアサインをするといったことがあると思いますが、アメリカでは「ポジションありきの採用が絶対」です。
アメリカでは期初になると「ヘッドカウント」といって、各マネージャーが事業部ごとの採用数を見積もります。
「今年この事業を行うために、シニアエンジニアのこのくらいのスキルを持った人が必要で、マーケットを見るとこれくらいの給料なのでこれくらいの予算をください」という承認を取る。そして、そこに人を当てはめていくという考え方をします。
面接をした結果その人がどんなに良かったとしても、ポジションにハマらない場合は、日本のように「良い人だから採用してから考えよう」ということは、縁故採用でもない限りほぼあり得ません。
2. エンジニアの給与は、日本よりもアメリカの方が高い?
もちろん会社やポジションによりますが、額面だけで言えば、アメリカの給与の方が日本に比べて高く見えるかもしれません。ただし、単純な額面だけでは比較できないというのが私の考えです。
例えば日本の会社では、退職金の積み立てや通勤手当など、さまざまな保証がありますよね。アメリカの企業には、基本的にそうした保証はなく、保険も当然日本より高くなります。
それから契約関係もかなりドライで、例えば「アットウィル雇用(契約の自由)」といいますが、従業員も好きなタイミングで退職をすることができ、雇用主も原則、会社にとって正当な理由があれば、従業員をいつでも解雇することができるんです。
ある日突然プロジェクトが停止になれば、「このポジションはクローズしたから、人件費はコストになるのでレイオフします」ということが、普通に起こり得る文化なんですよ。
日本で働く場合は解雇というものを身近に感じる事もないでしょうし、給与以外にも会社や社会が福利厚生や保障を担保してくれていたりもしています。アメリカで働くということは、その分従業員のリスクや負担が多くなるので、良し悪しはあるという風に考えていますね。
3. 採用するポジションの給与はどのように決めている?
アメリカには給与データを取り扱う会社があるので、そうした企業から毎年アップデート情報を仕入れたり、企業によっては人事の中に「給与アナリスト」という、さまざまな職業の給与情報をタイムリーに入手する職種を設けていたりするケースがあります。そこで得たデータを基に給与の適正額を決めています。
なぜ給与データを重視しているかといえば、良い人材を確保するためには、競合他社に劣らない給与条件や福利厚生を提示しないといけませんし、また最近ではアメリカの各州にて、給与体系の透明化を義務付けるような動きもでてきています。 また、日本では同じポジションであれば従業員の待遇が人によって大きく変わることはあまりないと思いますが、アメリカでは、会社によってはストックオプションや成果報酬型のインセンティブ、ボーナスの比率などについて、個人個人で違う契約を持っていることもあるんですよ。
アメリカでは従業員が入社する際に待遇を交渉するのが当たり前。ですから採用する側としては、交渉された際にいい着地点を見つけるためにも、他の会社の給与事情や社員に対するベネフィットなどのデータを知っておく必要があるんです。
4. アメリカでは、従業員の教育はしてくれない?
もちろん会社の文化によって違いはあるとは思いますが、契約関係がドライだからとはいえ、教育などの従業員のベネフィットについては配慮されている会社が多いとは思います。
日本のように良い人材を育てていきたいと考える会社もありますし、特にエンジニア職の場合は、従業員側も「会社がどこまで教育をサポートしてくれるのか」という点を重視するので、会社としては気を遣います。
セミナーや研修に参加する場合の補助制度、ウェビナーやUdemyをベネフィットとして設けたり、オープンソースなどのコミュニティに参加したい人をサポートしたりしているところもありますね。
エンジニアはアメリカでも日本と同じように貴重な人材ですし、マーケットバリューを高めたいというエンジニアは良い働きをしてくれることが多い。ですから、そこに対して補助をして、いかに気持ちよく働いてもらえるかということは、エンジニアのマネージャーはみんな考えていると思います。
5. アメリカと日本のエンジニア、転職への意識はどう違う?
最近は日本でもエンジニアの転職意識は活発になってきているとは思いますが、やはりアメリカの方がまだ顕著だとは思います。あくまで肌感ですが、長くてもみんな5年程度で、キャリアアップやステップアップを考えて転職していくという風に感じていますね。
アメリカでは転職に対してかなりオープンで、多くのエンジニアが普段から定期的にカジュアル面談を受けて、自身の現在地を確認しています。
LinkedIn経由や、友人や元同僚から「こういうポジションが空いているんだけど、話だけでも聞いてみない?」という連絡が当たり前にくるので、そこに対して割とフラットに、話だけでも聞く人が多いイメージですね。
カジュアル面談で客観的な評価をしてもらうことで、自身の弱みやマーケットバリューがどのあたりなのかということを常に知っておくのが、アメリカでは普通なんですよ。
6. 海外で働きたい場合、どうしたらいい?
アメリカで働きたいと考える場合、多くの人が最初に考えるのは「英語」だと思います。でも、英語が話せたところで、中身がなければ何も意味がありません。それよりも大切なのは、「自分は何ができるのか」ということです。
先ほどのマーケットバリューの話にもつながりますが、ずっと同じ会社にいて、「この会社のこのやり方だったら負けないぞ」というスキルや経験は、マーケットに出たらほぼバリューがないわけです。
そうではなく、他の雇用主から見て「自分のどういうところが買ってもらえるのか」という、マーケットバリューを意識することが大切だと思いますね。
それからもう一つ現実的なアドバイスをすると、海外で働こうと思ったらビザが大前提になります。最もクリティカルな問題は就労ビザが取れるかどうかということ。
手っ取り早いのは、アメリカやヨーロッパ、シンガポールなどに進出しようとしている会社に入社して、まずは赴任というかたちで現地に行くのが簡単だと思います。
それから、今はリモートワークも一般的になっているので、まずは日本にいながら海外の会社で働いてみると、成果が出たらビザスポンサーになってくれるというケースもあるかもしれませんね。